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横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)38号 判決 1999年6月23日

原告

甲野花子(仮名)(X)

甲乙事件被告

横浜市長(Y1) 高秀秀信

丙事件被告

横浜市建築主事(Y2) 井上憲二

右両名訴訟代理人弁護士

塩田省吾

阿部泰典

主文

一  本件訴えのうち、次の訴えを却下する。

1  別紙2の文書目録記載の文書の全部の公開を求める訴え

2  被告横浜市長が平成七年二月三日付けで前項の文書についてした非公開決定の取消しを求める訴えのうち、同市長が平成九年七月一日付けの異議決定により一部公開する旨の決定をした文書部分に関するもの

3  別紙1の物件目録記載の建物について被告横浜市建築主事が平成五年七月七日付けでした建築確認の無効の確認を求める訴え

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  別紙2の文書目録記載の文書(以下「本件報告書」という。)の非公開決定に対する異議申立てについて、被告横浜市長(以下「被告市長」という。)が平成九年七月一日付けでした変更決定(以下「本件異議決定」という。)を取り消す。

二  被告市長は、本件報告書の全部を公開せよ。

三  原告の平成七年一月五日付けの本件報告書の公開請求について被告市長が同年二月三日付けでした非公開決定(以下「本件原決定」という。)を取り消す。

四  別紙1の物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について被告横浜市建築主事(以下「被告建築主事」という。)が株式会社長谷工コーポレーション(以下「長谷工」という。)ほか二社に対し平成五年七月七日付けでした建築確認(以下「本件建築確認」という。)が無効であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、肩書住所地の近隣にマンションが建築されることに反対した原告が、右マンションの建築確認の無効確認を求めるとともに、右マンションの建築主が右マンションの建築に関し近隣住民に対してした説明会の模様を記載した報告書の公開等を求めたものである。

一  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  当事者

原告は、肩書住所地に居住する者である。

2  本件建物の建築計画

長谷工ほか二社が建築主として本件建物の建築を計画した。

3  横浜市における建築規制

(一) 横浜市は、都市計画によって、本件建物の建築が計画されている地域においては、原則として、高さが一五メートルを超える建築物の建築をしてはならない旨を指定していた。

また、横浜市は、昭和四八年一二月、横浜市市街地環境設計制度(以下「環境設計制度」という。)を定め、一定の要件の下に、被告市長が建築審査会の同意を得て右高さ制限の適用除外を許可することができるとしていた。

(二) 横浜市は、昭和四七年一二月、中高層建物の増加に伴う日照問題、電波障害及び騒音等による建築紛争に対処するため、横浜市日照等指導要綱(以下「日照要綱」という。)を定め、建築主は、建築物の確認申請書等を建築主事あて提出する前に、事前手続申請書に、地元住民に対する説明会の開催日時、右説明会に出席した者の住所及び氏名並びに主な質疑応答等を記載した説明会等の結果報告書等(以下「説明会報告書」という。)を、被告市長に提出すべき旨を定めていた。

4  本件建物の建築確認

(一) 長谷工ほか二社は、平成五年五月三一日、被告建築主事に対し、建築確認の申請をした。

本件建物は、前記3(一)の被告市長の許可がなければ建築できない建物であった。

(二) 右建築確認の申請に先立ち、長谷工は、日照要綱に従い、被告市長に対し、説明会報告書である本件報告書を提出した。

本件報告書は、「近隣説明報告一覧表」(以下「本件一覧表」という。)及び「説明会議事録」(以下「本件議事録」という。)から構成されている。

本件一覧表には、本件建物の建築主が説明会及び説明会以外の場で個別に説明を行った関係住民の個人の氏名、法人等の名称、整理番号、用途及び説明状況(説明月日・結果)等が記載されている。説明状況の欄には、一名(社)を除き、説明を了解した旨が記載され、関係住民毎に、説明を受けた日及び回数が記載されている。

本件議事録には、説明会の日時、場所、本件建物の建築主側の出席者氏名、説明会における質疑応答の内容が記載され、説明会出席者名簿(関係住民側出席者氏名、住所及び電話番号)が添付されている。

(三) 被告市長は、平成五年四月二二日付けの横浜市建築審査会の同意に基づき、同年五月三一日、前記3(一)の許可をした。

(四) 被告建築主事は、平成五年七月七日、本件建築確認をした。

5  横浜市の情報公開条例

横浜市は、横浜市公文書の公開等に関する条例(以下「本件条例」という。)を制定し、市の区域内に住所を有する者は、公文書の公開を請求することができる旨を規定するとともに(五条一号)、当該公文書に、次の情報が記録されているときは、当該公文書の公開をしないことができる旨を規定している(九条一項柱書き。以下、同条によって公開をしないことができる情報を「非公開情報」という。)。

(一) 個人情報

「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」(九条一項一号かっこ書き以外の部分。以下「個人情報」という。)。ただし、「法令又は条例(中略)の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上特に必要と認められるもの」(同号かっこ書き。以下「公益情報」という。)は、非公開情報から除外されている。

(二) 事業活動情報

「法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人に明らかに不利益を与えると認められるもの。」(九条一項二号本文。以下「事業活動情報」という。)。ただし、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体又は健康を保護するため、公開することが必要と認められる情報」(同号のア。以下「ア号情報」という。)及び「法人等又は事業を営む個人の違法又は著しく不当な事業活動によって生ずる支障から市民の生活を保護するため、公開することが公益上必要と認められる情報」(同号のイ。以下「イ号情報」という。)は、非公開情報から除外されている。

6  原告の公開請求

(一) 原告は、平成七年一月五日、本件条例に基づき被告市長に対し本件報告書の公開を請求した。

(二) 被告市長は、同年二月三日、本件報告書を全部非公開とする旨の決定(本件原決定)をした。

(三) 原告は、被告市長に対し、同月一五日、本件原決定に対する異議を申し立てた。

(四)(1)被告市長は、平成九年七月一日、本件報告書のうち、別紙3の非公開部分一覧表記載部分及び本件一覧表の氏名欄の個人名及びそれに係る整理番号、用途を除き公開する決定に変更する旨決定(本件異議決定)した(以下、これにより公開された部分を「本件公開文書」、これによってもなお非公開が維持された部分を「本件非公開文書」という。)。

(2) 本件非公開文書に記録された情報の内容は、次のようなものであった。

イ 本件一覧表中の「整理番号」、「用途」、「個人の氏名」

ロ 本件議事録中の「本件建物の建築主側の出席者氏名」、「個人の氏名」、「発言自体から個人が識別され得る一部の発言」、「本件建物の具体的戸数及び階数に関する情報」、「本件建物の建築主と関係住民との補償に関する情報」、「国土利用計画法に規定される届出価格」、「一戸当たりの坪単価等の情報」

ハ 本件報告書中の「説明会出席者名簿」

(五) 原告は、平成九年七月九日、本件報告書のうち、本件非公開文書を除いた部分を、郵送により受領した。

7  原告の別訴の提起等

原告を含む四名(〔氏名略〕)は、横浜市建築主事を相手方として、本件建築確認の無効の確認を求めて、本訴より前に当庁に訴え(当庁平成六年(行ウ)第二〇号)を提起したが、平成七年四月一七日、請求を棄却する判決の言渡しを受けた。右四名は控訴(東京高等裁判所平成七年(行コ)第六六号)したが、本件建物の建築工事が完了したことから、訴えの利益が消滅したとして、平成七年一〇月三一日、原判決取消し、訴え却下の判決(以下「本件前訴判決」という。)が言い渡された。原告は上告(最高裁判所平成八年(行ツ)第三四号)したが、平成八年四月二六日、これを棄却する判決が言い渡され、本件前訴判決は確定した。原告は、再審(東京高等裁判所平成八年(行ツ)第九号)を請求したが、平成九年一一月二七日、これを却下する判決が言い渡された。

8  原告の本件訴えの提起

原告は、平成九年九月三〇日「第一請求」欄の一記載の請求(以下「本件請求一」のようにいう。)及び本件請求二に係る訴え(甲事件)を、平成一〇年二月一〇日本件請求四に係る訴え(丙事件)を、同年四月二四日本件請求三に係る訴え(乙事件)を提起し、これらの訴えは併合された。

二  被告らの主張

1  本案前の主張(被告市長)

(一) 原告の本件請求二に係る訴えは、法律に定めのない不適法なものであるから、却下されるべきである。

(二) 原告の本件請求三に係る訴えのうち本件公開文書に関する部分は、被告市長が本件異議決定で公開をしたことによって、訴えの利益が消滅したから、却下されるべきである。

2  本案前の主張(被告建築主事)

原告の本件請求四に係る訴えは、訴えの利益が消滅したことを理由に訴えを却下した本件前訴判決の既判力に抵触するので、却下されるべきである。

3  本案の主張(一)(被告市長―本件異議決定の取消請求に対する主張)

原告の本件請求一に係る主張は、裁決取消しの訴えにおいて原処分の違法を主張するものであるから、行政事件訴訟法一〇条二項の主張制限に違反し、主張自体失当である。

4  本案の主張(二)(被告市長―本件原決定の適法性の主張)

本件非公開文書に記録された情報を非公開としたことは、以下に述べる理由により、適法である。

(一) 個人の氏名等の情報について

(1)個人情報該当性

イ 本件一覧表中の「個人の氏名」、本件議事録中の「個人の氏名」、本件報告書中の「説明会出席者名簿」が、個人情報に当たることは明らかである。

ロ 本件一覧表中の「整理番号」は、各建物毎に付され、共同住宅等については、その部屋番号が枝番号として付されているものである。したがって、「整理番号」、「用途」が公開されると、誰でも現認できる実際の建物の形状や容易に取得し得る住宅地図、建物登記簿謄本等と照らし合わせ、個人を特定することが可能である。よって、これらは個人情報に当たる。

ハ 本件議事録中の「発言自体から個人が識別され得る一部の発言」が、個人情報に当たることは明らかである。

(2) 公益情報非該当性

イ 前記(1)イの情報は、本件建物の建築主から本件建物についての説明を受け、説明会に出席し、発言した一市民の氏名にすぎないのであるから、これが市民生活に影響を与える情報とはいえない。

よって、公益情報には当たらない。

ロ 前記(1)ロの情報は、それ自体が市民生活に影響を与える情報とはいえないし、これらから特定される個人の氏名等の情報も、市民生活に影響を与える情報とはいえない。

よって、公益情報には当たらない。

ハ 前記(1)ハの情報は、本件議事録についてのものであるが、本件議事録は、本件建物の建築主と近隣住民との間で本件建物の日影問題等について話し合われた内容が記録されているものであり、右話合いにおける一個人の発言が、市民生活に影響を与える情報とはいえない。

よって、公益情報には当たらない。

ニ 原告の主張(三、2(二)、(五))に対する反論

<1> 本件建物の建築に近隣住民の同意はそもそも不要なものである。

<2> 公開された部分から、本件報告書に、近隣住民が一名(社)を除き説明に了解した旨が記載されていること、近隣住民が本件建物の建築主との個別交渉に応じていたことは明らかであり、本件報告書の真偽の解明のためには、これで十分なはずである。

<3> 非公開事由に当たるか否かは、情報の性質、客観的内容が基準とされるべきであり、情報の内容が虚偽であるか否かには係わらない。

<4> 本件非公開文書は、日照要綱に基づくものであり、法が要求する文書ではないから、これが公開されることによって本件建築確認が違法となることはなく、公開の必要性はない。

(二)本件議事録中の「本件建物の建築主側の出席者氏名」について

(1) 個人情報該当性

本件条例九条一項一号かっこ書き以外の部分は、個人情報から、事業を営む個人の当該事業に関する情報を除外している。このことからすれば、本件建物の建築主側の出席者氏名は、当然に個人情報に当たるとはいえない。

しかし、法人に所属する個人の役職や氏名が公開されるとその者の生活の平穏を害されるような場合には、当該情報はプライバシーにわたるものであるといえるところ、本件建物の建築主と近隣住民との交渉の経緯等にかんがみると、本件で本件建物の建築主側の出席者の氏名を公表すると、その個人の生活の平穏が害されないとはいえない。

よって、個人情報に当たる。

(2)公益情報非該当性

本件建物の建築主側の出席者氏名は、市民生活に影響を与える情報とはいえない。

よって、公益情報には当たらない。

(三) 具体的戸数及び階数に関する交渉の情報等について

(1) 事業活動情報該当性

イ 本件議事録中の「本件建物の具体的戸数及び階数に関する情報」、「本件建物の建築主と関係住民との補償に関する情報」、「一戸当たりの坪単価等の情報」は、本件建物の建設計画の変更又は補償に関する情報であり、これを公開すると、本件建物の建築主が、問題解決の手段として、あたかも他の建設計画においても同様の計画変更や補償等をするかのような誤解を招き、本件建物の建築主の意に反して同様の解決手段を採ることを求められる等、今後の同種の建設計画に支障が生ずるおそれがあり、本件建物の建築主の法人の競争上の地位を害することになる。

よって、事業活動情報に当たる。

ロ 本件議事録中の「国土利用計画法に規定される届出価格」は、土地の取得価格を推定させるものであるが、建築物の販売に際しても土地の原価は公表されていないから、これを公開することによって開発利益が明らかとなり、本件建物の建築主が本件建物であるマンションを分譲するに当たって購入者との紛争を招き、同種の営業活動に支障を生ずるおそれがある。

よって、事業活動情報に当たる。

(2) ア号情報該当性

本件建物の建築によって、近隣住民の生命、身体又は健康が害されることはない。仮にそのような事実が認められても、これらの情報は、関係住民の生命、身体又は健康の保護とは関連のないものである。

よって、ア号情報には当たらない。

(3) イ号情報該当性

本件建物の建築は、建築基準法上の建築確認を得た適法なものであり、本件建物の建築について著しく不当な事業活動はない。

よって、イ号情報には当たらない。

(四) 裁量権の濫用のないこと

本件非公開文書を公開しないことが、「公開をしないことができる」との本件条例九条一項柱書きの文言に照らして、被告市長に与えられた裁量権を濫用したものであるとはいえない。

三  原告の主張

1  被告建築主事の本案前の主張に対する反論

原告の本件請求四に係る訴えは、本件前訴判決の確定後、被告市長が本件異議決定によって本件報告書の一部を公開したことに基づき、その後に発見したその他の証拠を加えることによって提起したものであるから、本件前訴判決の既判力に抵触するものではない。

2  本案の主張(本件原決定の違法性の主張)

本件報告書は、次の理由から公開されるべきものであり、本件原決定は違法である。

(一) 本件報告書の個人情報非該当性

補償に関する交渉は、港南台九丁目自治会で行っていたのであるから、右交渉に関する情報は、個人の利益に関する情報ではなく、近隣住民全体の利益・公益に関する情報である。

よって、本件報告書は、個人情報には当たらない。

(二) 本件報告書の公益情報該当性

本件建物は、近隣住民の同意がなければ、建築することのできない建物であるから、説明会における説明の内容が、どのように被告市長に対して報告されたかが重要な意味を有する。説明会報告書が、被告市長に対し提出されれば、その内容を問わず、本件建物が建築できるという考え方は、行政のチェックを不要とするものであり不当である。

本件報告書には、近隣住民が、一名(社)を除いて同意した旨が記載されているが、これは真相に反するものである。また、本件建物の建築主との個別交渉は禁止されており、建築主もこれを了解していたにもかかわらず、本件一覧表には個別交渉が行われていた旨の記載があり、これは、建築主と近隣住民の一部との間で不正が行われていたことをうかがわせる重大な疑惑である。

したがって、真実を解明する端緒として、本件報告書の非公開部分を公開する必要がある。

よって、本件報告書は、公益情報に当たる。

(三)本件報告書の事業活動情報非該当性

前記のとおり、補償についての交渉に関する情報は、住民全体の利益・公益に関する情報であり、本件建物の建築主としても、交渉に関する情報が、近隣住民に知られることは、予定していたはずである。

よって、本件報告書は、事業活動情報には当たらない。

(四) 本件報告書のア号情報該当性

原告は、本件建物に出入りする自動車から発生する騒音、排気ガス、交通事故の危険等からの保護救済を求めているものである。これらの被害の可能性は、本件建物に入居予定の世帯数から、常識的に明らかであり、特別の立証は不要なものである。

よって、本件報告書は、ア号情報に当たる。

(五) 本件報告書のイ号情報該当性

前記のとおり、本件報告書の記載内容が虚偽のものであることは明らかである。

よって、本件報告書は、イ号情報に当たる。

(六) 裁量権の濫用

本件非公開文書を公開しないことは、「公開をしないことができる」との本件条例九条一項柱書きの文言に照らすと、被告市長に与えられた裁量権を濫用したものである。現に、公文書公開決定通知書、公文書一部公開決定通知書、建築審査会記録、確認申請書、委任状において、個人の氏名が公開されている。

四  本件の主な争点

1  本件報告書の全部の公開を求める訴えの適否

2  本件異議決定による訴えの利益の消滅の有無

3  本件建築確認無効確認の訴えの適否

4  本件異議決定の違法事由の争い方

5  個人の氏名等の情報の非開示の適否

6  本件建物の建築主側の出席者氏名の非開示の適否

7  具体的戸数及び階数に関する交渉の情報等の非開示の適否

8  本件非公開文書を非公開とすることの裁量権の濫用の有無

第三  判断

一  争点1(本件報告書の全部の公開を求める訴え―本件請求二の訴え―の適否)について

1  本件請求二は、被告市長に対し、本件報告書の全部の公開を求める訴えであり、行政庁である被告市長に対し、一定の作為を求めるいわゆる義務付け訴訟に当たるが、このような義務付け訴訟は、(一)行政庁に第一次的判断権を行使させるまでもないほどに処分要件が一義的に定まっていること、(二)損害が差し迫っていて、事前に救済しなければ回復し難い損害が生ずること、(三)他に救済手段がないこと、という要件を満たす場合に限り、認めることができると解される。

2  ところで、本件では、本件報告書の一部が非公開とされているところ、本件原決定が本件請求三において取り消されると、被告市長としては、右取消訴訟の判決の拘束力により、本件非公開文書を公開すべきこととなり、これによって原告は救済されることになる。そうとすれば、本件請求二のうち、右の非公開部分(本件非公開文書)の公開を求める請求部分は、義務付け訴訟に関する前記(三)の要件を欠くことになる。

また、本件異議決定により公開された部分(本件公開文書)は、既に公開されているから、改めて本件請求二のような訴えによる必要がないので、本件請求二のうち、右の公開部分の公開を求める訴えは義務付け訴訟に関する前記(二)の要件を欠くことになる。

よって、本件報告書の全部の公開を求める訴え(本件請求二に係る訴え)は不適法である。

二  争点2(本件請求三の一部の訴えの利益の有無―本件異議決定による訴えの利益の消滅の有無)について

前記基礎となる事実によれば、本件報告書のうち、本件原決定によって全部非公開とされた後に本件異議決定によって一部が開示された部分(本件公開文書)は、原告に公開され、原告は公開された文書を受領したと認められる。

そうであれば、本件公開文書に関する部分の取消しを求める訴えの利益は消滅したというべきであり、本件原決定の取消しを求める訴えのうち、本件報告書の本件公開文書に係る部分は、不適法である。

三  争点3(本件建築確認無効確認の訴え―本件請求四の訴え―の適否)について

前記基礎となる事実のとおり、原告を当事者の一人に含む事件についての本件前訴判決は、本件建物の建築工事が完了したことから訴えの利益が消滅したとして訴えを却下したものであり、右訴訟要件の欠如について既判力が生じている。そして、本件建物の建築工事が完了したという事実が前訴の口頭弁論終結時以後に変動したということもない。そうであるならば、本件前訴判決におけるのと同一の訴訟物につき重ねて同一当事者に対してする請求(本件請求四)は、前訴判決の既判力に抵触し、不適法というべきである。

四  争点4(本件異議決定の違法事由の争い方―本件請求一の当否)について

前記基礎となる事実のとおり、本件異議決定は、本件原決定に対して申し立てられた異議についてされたものである。

そうとすれば、行政事件訴訟法一〇条二項により、本件異議決定の取消しの訴えにおいては、本件原決定の違法を理由とすることはできない(原処分主義)。また、原告は、本件異議決定に固有の違法事由を主張してはいない。

よって、本件異議決定の取消しの請求(本件請求一)は理由がない。

五  争点5(個人の氏名等の情報の非開示の適否―本件請求三の一部の当否)について

1  個人情報該当性

(一) 本件条例は、「公文書の公開等を求める市民の権利を明らかにするとともに、市政に関する情報の公開及び提供に関して必要な事項を定めることにより、市政に対する市民の理解を深め、市民と市政との信頼関係を増進し、併せて市民生活の利便の向上を図り、もって地方自治の本旨に即した市政の発展に資することを目的とする」(一条)とし、市の区域内に住所を有する者は、公文書の公開を請求することができるものと規定している(五条一号)。ただし、個人情報が記録されている公文書は、公開をしないことができるものとされている(九条一項一号かっこ書き以外の部分)。

そして、九条一項一号かっこ書き以外の部分は、個人情報について、「個人に関する情報(中略)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」と規定し、さらに、本件条例は、「実施機関は、公文書の公開等を求める市民の権利を十分に尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」(三条)と規定する。

他方、本件条例は、九条一項一号かっこ書きにおいて、個人情報から除外される公益情報として、「法令又は条例(中略)の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上特に必要と認められるもの」と規定する。

したがって、具体的な情報が非公開とされるべきかどうかを判断するに際しては、個人情報を非公開とすることによる利益と、これを公開することの公益上の必要性とを衡量しながら、係争の情報の性格を踏まえて、決すべきものと解される。特に本件の関係でいえば、係争の情報がプライバシー性が強く公益的要素の弱いものであれば、非公開の方向に解釈することが原則として相当といえるということである。

(二) そこで、この観点に立って、本件の係争の各情報のうち、まず個人の氏名等の情報の非公開情報該当性を判断する。

(1) 本件一覧表中の「個人の氏名」、本件議事録中の「個人の氏名」、本件報告書の「説明会出席者名簿」は、個人に関する情報であり、特定の個人が識別される情報であるから、個人情報に当たる。

(2) 次に、本件一覧表の「整理番号」は、建築主が説明した相手方の各建物毎に付され、共同住宅等については、その部屋番号が枝番号として付されているものである。したがって、これらの整理番号と建物や土地の「用途」が判明すれば、近隣に居住する原告のような者からすると、自己の有する個別の情報とを総合して、特定の整理番号の居住者の氏名を識別することもできる蓋然性があり、そのようにして、一名でも氏名が判明すれば、それを頼りにさらに他の整理番号の人の氏名を識別することができる蓋然性が生まれる。

したがって、これらの情報も個人情報に当たる。

(3) さらに、本件議事録中の「発言自体から個人が識別され得る一部の発言」は、本件建物の建築主と近隣住民との間の説明会の場において、誰がどのような発言をしたかということであり、これも個人情報に当たると解するのが相当である。

説明会に出席していれば、誰がどのような発言をしたかは明らかな事実ではあるが、発言者は、説明会に出席している者に右事実が明らかとなることを容認していたとしても、これが一般不特定の者に知られることまでを容認していたということはできないから、右事実をもって個人情報に当たらないということはできない。

2  公益情報該当性の有無

次にこれらの情報が本件条例九条一項一号かっこ書きに該当しないかを検討する。1の(二)の情報は、説明会に出席し、発言した一市民の氏名であり、本件条例九条一項一号かっこ書きに例示されるような公益情報に該当するものということはできない。

原告は、建築主と近隣住民の一部との間での不正をうかがわせるとして、その真相の解明の端緒として本件報告書の非公開部分を公開する必要があるというところ、右情報は使い方によっては原告のいうような事柄を解明するのに役立つかもしれないが、それ自体としては、説明会に出席した人の氏名ということであり、条例九条一項一号かっこ書きが定型的に例示しあるいは予定する公益情報ではない。したがって、原告の右主張は採用することができない。

3  非公開情報該当性の有無

1のとおりの個人情報該当性と2のとおりの公益情報該当性とを総合すると、1の(二)の個人名の情報は非公開情報に該当するというべきである。右の係争の情報の一部には個人識別の蓋然性にとどまるものもあるが、右の係争情報の次のような性質をも総合すると、それらの蓋然性の情報も含め右の係争情報は、非公開情報に該当するというべきである。

すなわち、【要旨一】右の係争情報は、本件建物の建築をめぐって鋭く対立し、あるいは対立した利害関係人グループの氏名というものであるから、私的なグループの情報であり、どうみても公益情報ということのできないものである。原告はそれらの住民の氏名を知り本件建物建築反対運動を有利に展開するための手段として、あるいは反対者を明らかにして、当時の是々非々を解明するためにこれを入手したいというのであろうが、そうである以上、右の氏名の情報は、原告のような本件建物建築反対の意向を有していた者の個人的ないわば私的な利益となる可能性のある情報というべきで、公益情報とはいえないのである。しかも、対立状況が先鋭化しているか、あるいは先鋭化していたので、当該氏名が開示されると、それらの人々は、その対立の中に巻き込まれ、生活の平穏を害される蓋然性があり、少なくとも、なおそのおそれもあるのであり、その意味で、右の係争情報は、プライバシーとしての保護の必要性の高い情報ということができるものである。

六  争点6(本件建物の建築主側の出席者氏名の非開示の適否―本件請求三の一部の当否)について

本件建物の建築主側の出席者は、近隣住民に対し建築主の意向を伝え、建築主のために近隣住民の意向を聴取することを目的として説明会に出席しているのであって、個人の資格で説明会に出席しているのではない。その意味で、説明会でのやり取りの内容は、基本的にはその者の利害とは関係なく、建築主に利害のあるものである。

しかし、【要旨二】本件における状況は、五3末尾に説示のとおり、鋭い対立の中にあるわけであるから、建築主の会社の担当者は、その氏名が建設反対派の人に知られれば、相当な糾問的な攻勢に逢うことはたやすく予想されるところである。そして、それは、ある程度は建築主たる会社に勤務する者の職務であり、個人の事柄ではないが、それも程度問題であり、本件における証拠及び原告の争い方からすると、本件建物が未完成であった本件原決定時においては(建築基準法七条所定の検査済証が交付され、本件建物の建築工事が完了したのは、平成七年八月二日である。丙事件の乙二)、原告等反対派からの攻勢には右社員個人の生活の平穏を害されるほどの激しい事態の発生も懸念されたところである。したがって、これも個人情報に該当するものというのが相当である。そして、この情報が公益情報には該当しないことは先に述べたことから明らかである。

七  争点7(具体的戸数及び階数に関する交渉の情報等の非開示の適否―本件請求三の一部の当否)について

1  事業活動情報該当性の有無

(一) 次に、本件議事録中の「本件建物の具体的戸数及び階数に関する情報」、「本件建物の建築主と関係住民との補償に関する情報」、「一戸当たりの坪単価等の情報」、本件議事録中の「国土利用計画法に規定される届出価格」の事業活動情報該当性について判断する。

(二) 本件条例は、事業活動情報が記録されている公文書は、公開をしないことができるものとしている(九条一項二号本文)。そして、事業活動情報について、「法人(中略)に関する情報(中略)であって、公開することにより、当該法八等(中略)に明らかに不利益を与えると認められるもの」と規定している。

これは、法人等の事業活動については、職業の自由が保障されているから、これに関する情報が公開されることによって、事業者の職業の自由を害することがないようにする趣旨である。

他方、本件条例は、九条一項二号のア及びイにおいて、ア号情報及びイ号情報を事業活動情報から除外しているのであり、事業活動情報を非公開とすることによる利益と、これを公開することの公益上の必要性とを衡量して、係争情報の非公開情報該当性を決すべき旨を定めていると解される。

(三) そこで、この観点に立って、まず前記(一)の各情報の事業活動情報該当性を判断する。

(1) 本件議事録中の「本件建物の具体的戸数及び階数に関する情報」、「本件建物の建築主と関係住民との補償に関する情報」、「一戸当たりの坪単価等の情報」は、本件建物の建築主が、本件建物の建築を円滑に進めるため、近隣住民との間で交渉を行った経緯及びそこにおいて妥協した結果等に関するものである。【要旨二】本件建物の建築主は、一般の建築会社ないし不動産業者であり、他の場所に別個の高層建築物の計画をすることも当然あり得るところであるが、その場合には、本件と同様、その近隣住民との交渉に当たることとなるのが通例であろう。したがって、本件における交渉の経緯等に関する情報を公開した場合には、これが、他の場所に計画中の高層建築物の近隣住民に伝達されて右住民から本件建物の近隣住民と同様の妥協を迫られ、交渉に困難を来すという不利益を与えるおそれのあることが明らかである。

よって、右情報は、事業活動情報に当たる。

(2) 本件議事録中の「国土利用計画法に規定される届出価格」は、国土利用計画法二三条一項に基づき、本件建物の敷地の権利を取得した者が、被告市長を経由して、神奈川県知事に届け出た右土地の売買等の契約に係る権利の移転の価格である。

【要旨二】このような右情報の性格からすると、右価格を公開すれば、本件建物の敷地の取得価格を推定することが可能となり、これによって、開発利益を推定することが可能となる。そうすると、右土地の所有者としては、右土地の取得価格の情報が購入希望者に伝達されることによって、価格交渉上不利な立場に置かれ、また、既に転売を終了した相手方に右取得価格が伝達されることによって、無用の紛争を生じるという不利益を受けるおそれのあることが明らかである。

よって、右情報も、事業活動情報に当たるということができる。

2  ア号及びイ号情報該当性の有無

(一) そこで、次に右の係争情報がア号情報及びイ号情報に該当しないかを検討する。原告は、本件建物が違法に建築されたものであり、これによって生ずる危害から、人の生命、身体又は健康を保護するため、1(一)の係争情報を公開することが必要であると主張する。

しかし、本件報告書における右事業活動情報を公開したからといって、その記載内容の性質から見て、人の生命、身体又は健康の保護につながるものではないことは明らかである。

よって、右情報はア号情報に当たらない。

(二) イ号情報該当性

原告は、本件建物が違法に建築されたものであるから、本件建物の建築主の違法又は著しく不当な事業活動によって生ずる支障から市民の生活を保護するため、1(一)の係争情報を公開することが公益上必要であると主張する。

しかし、本件報告書における右事業活動情報を公開したからといって、その記載内容の性質から見て、市民の生活の保護につながるものとは考えられない。

よって、右情報はイ号情報に当たらない。

3  非公開情報該当性の有無

1及び2の点を総合すると、1(一)の係争情報は非公開情報に当たるというべきである。

八  争点8(本件非公開文書を非公開とすることの裁量権の濫用の有無―本件請求三の一部の当否)について

原告は、本件条例九条一項柱書きが「公開をしないことができる」と規定しているにとどまり、現に、被告市長は、公文書公開決定通知書、公文書一部公開決定通知書、建築審査会記録、確認申請書、委任状において、個人の氏名を公開しているから、本件非公開文書を公開しないことは裁量権の濫用に当たると主張する。

しかし、原告が指摘する右の文書における氏名の記載は、公務員ないし法人における役職としての氏名ないし事業を営む個人についてのものであるから、これらを公開したからといって、その余の情報(本件非公開文書)を公開しないことが、裁量権の濫用に当たるとはいえない。また、右の個人の氏名を公開していることが、直ちに「本件建物の建築主側の出席者氏名」を公開すべき理由とならないことは、既に前記六において説示したとおりである。

九  結論

以上の次第であるから、原告の本件訴えのうち、本件請求二、本件請求三のうちの本件公開文書に関する部分及び本件請求四に係る各訴えは不適法であるから却下し、本件請求一及び本件請求三のその余の部分は理由がないから棄却し、訴訟費用について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 弘中聡浩)

(別紙1)物件目録

一 敷地の位置等

1 所在 横浜市港南区港南台九丁目〔番地略〕

2 用途地域 第二種住居専用地域

3 防火地域 準防火地域

4 都市計画法の制限 第二種高度地区

二 敷地面積 二万二〇七二平方メートル

三 建物の建築面積 四二八八・三八平方メートル

四 延べ面積 三万一六一六平方メートル

五 主要用途・構造 鉄筋コンクリート造共同住宅

六 建物の階数・高さ 地下二階地上一一階 三〇・七六メートル

(別紙2)文書目録

「港南台九丁目計画に係る地元説明会報告書」と題する文書(近隣説明報告一覧表と説明会議事録とで構成されるもの)

(別紙3)〔略〕

参照条文

◆横浜市公文書の公開等に関する条例

第一条 この条例は、公文書の公開等を求める市民の権利を明らかにするとともに、市政に関する情報の公開及び提供に関して必要な事項を定めることにより、市政に対する市民の理解を深め、市民と市政との信頼関係を増進し、併せて市民生活の利便の向上を図り、もって地方自治の本旨に即した市政の発展に資することを目的とする。

第三条 実施機関は、公文書の公開等を求める市民の権利を十分に尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。

第九条一項 実施機関は、請求に係る公文書に次のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書の公開をしないことができる。

一号 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの(法令又は条例(以下「法令等」という。)の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上特に必要と認められるものを除く。)

二号 法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人に明らかに不利益を与えると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

ア 事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体又は健康を保護するため、公開することが必要と認められる情報

イ 法人等又は事業を営む個人の違法又は著しく不当な事業活動によって生ずる支障から市民の生活を保護するため、公開することが公益上必要と認められる情報

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